アサヒビール大山崎山荘美術館
 

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ブログ記事一覧

ブログで大山崎山荘ツアー⑦山本記念展示室(居間)

2020月9月20日
  • 建築

さわやかな秋晴れで、連休がスタートしました。
美術館も少しずつ賑わいを見せています。

今日は、ブログで大山崎山荘ツアー⑦として、美術館本館・山本記念展示室のご紹介です。
大山崎山荘時代には居間として使用されていました。

現在は企画展「生誕130年 河井寬次郎展-山本為三郎コレクション」を開催中で、山本記念展示室には戦後の河井寬次郎の作品が展示されています。
作品につきましては、ブログ「河井展ご紹介」の連載でご紹介しています。そちらも合わせてお読みください。

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この部屋には特に大山崎山荘をデザインした加賀正太郎のこだわりが詰まっています。

まずは部屋の中央にある、暖炉のあたりから見ていきましょう。

暖炉の装飾には、画像石(中国後漢時代に墳墓の装飾に使われた、彫刻が施された石)が使われています。
それを支える2本の柱は画像磚(同様の煉瓦の一種)です。

今から1800年以上前のものが室内の飾りとして使用されていることに驚きです。

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暖炉や天井には、乙訓名産のタケノコ模様のレリーフが彫られています。

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暖炉の足元の囲いには、リスがあしらわれています。

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暖炉の向かい合わせには、夕焼けのように美しい、ステンドグラスの窓があります。

赤を美しく見せるため硝子には金が練り込まれており、表と裏では、見える色や印象が異なります。

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壁には魚を捕る漁網が実際に塗りこめられ、模様になっています。

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このほかにも、様々な意匠がちりばめられています。

美術館のホームページでも、意匠をご紹介していますので、合わせてごらんください。

https://www.asahibeer-oyamazaki.com/design/


ご来館の際には、加賀正太郎のこだわりのデザインを探しながら、お楽しみください。

今日は赤い星の部屋をご紹介しました。

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次回は食堂として使われていた「展示室1」をご紹介したいと思います。お楽しみに!



*美術館の昔の写真など、詳しくは「アサヒビール大山崎山荘美術館 ガイドブック」に掲載されています。ミュージアムショップで販売しておりますので、ご来館の際にご覧いただければ幸いです。


*お客さまの安全と、作品保護の観点から、館内の撮影はご遠慮いただいております。ご了承ください。




IK

河井展ご紹介その4 民藝運動、始動

2020月9月10日
  • 展覧会

厳しい夏の日差しも和らぎ、少しずつ秋の訪れを感じるようになってまいりました。

本日は、河井寬次郎が柳宗悦や濱田庄司らとともに興した民藝運動についてご紹介いたします。

1921年、華々しく陶界へのデビューを果たした河井は、その後も個展を重ねます。しかし高い評価を得る一方で、若き河井の心には、古陶磁にならう自作に対して煩悶が生じていました。バーナード・リーチの作品や、柳宗悦の企画した李朝陶磁展でみた素朴で温もりを感じさせる陶磁器に感銘を受け、名もなき職人たちの手による作為のない工芸品への関心が深まりつつあったのです。

そのような折、濱田庄司の仲介で柳宗悦と親交を結び、3人で無名陶や木喰仏をもとめて各地を旅するなかで、新たな美の思想を確立していきました。

河井、柳、濱田の3人は、「民衆的工芸」あるいは「民間の工芸」の意から、それを略し「民藝」という造語を生みだします。1925年、河井らが木喰仏の調査に向かう車中でのことでした。翌年、同人たちは民藝の精神にかなう品を展示する施設の設立をめざす『日本民藝美術館設立趣意書』を発表し、民藝運動が始動しました。

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民藝運動は、それまで「下手物(げてもの)」とよばれ、美術品として注目されることのなかった日用の工芸に美的な価値を認めようとするものです。鑑賞用に技巧を尽くした作為的な「美」ではなく、実用こそ生命とする工芸に宿る、自由で健康な「美」をたたえ、用に即した新しい美の価値観を提示していきました。御大礼記念国産振興東京博覧会への「民藝館」出陳(1928年)や、日本民藝館の開館(1936年)を経て、全国的に拡大していくことになります。

このころ河井の作風も古陶磁にならった精緻なものからしだいに「用の美」の世界へと転じてゆきます。鑑賞するための美術品から、日常の生活のなかで使用するためのうつわの制作に没頭していくのです。

M

ブログで大山崎山荘ツアー⑥ 展示室2(応接間)

2020月9月3日
  • 建築

9月に入りましたが、まだまだ暑い日が続きますね。
庭園の睡蓮も今朝は9輪ほど咲いていました。もう少し、夏の名残を楽しめそうです。

さて、今回はブログで大山崎山荘ツアー⑥です。
館の奥へと進んで行きましょう。

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石造りの廊下の先には、「展示室2」があります。この部屋は、作品の展示だけではなく、講演会やコンサートなど、イベントを行う場所としても使用することがあります。

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壁には、姫路城などでも使われた龍山石(たつやまいし)がふんだんに使われています。明るくて質感がある、特徴的な石です。角の加工まで細やかに作られています。

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床には艶やかな大理石が使われています。

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明るいこの部屋は、大山崎山荘時代に「応接間」として使われていました。
ソファーが数多く並べられ、蘭の鉢が飾られていた写真が残っています。
たくさんの客人をここでお迎えしていたのでしょうね。

今日は、赤い星の部分をご紹介しました。

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次回は居間として使われていた「山本記念展示室」をご紹介したいと思います。

お楽しみに!




*大山崎山荘の昔の写真など、詳しくは「アサヒビール大山崎山荘美術館 ガイドブック」に掲載されています。ミュージアムショップで販売しておりますので、ご来館の際にご覧いただければ幸いです。

(IK)

河井展ご紹介その3 彗星の出現

2020月8月25日
  • 展覧会

本日は、河井寬次郎が陶界にデビューしたころの初期の作陶についてご紹介いたします。

1920年、京都五条坂に自らの窯「鐘渓窯(しょうけいよう)」を手に入れた河井は、翌年髙島屋東京店(京橋)にて第1回目の個展を開き本格的なデビューを果たします。

当時の河井の作風は、中国や朝鮮の古作にならった緻密で技巧的なもので、この個展では180点を超える作品を発表し高い評価を得ました。

翌年刊行された作品集『鐘渓窯第一輯(しゅう)』のはしがきのなかで、東洋陶磁の第一人者であった奥田誠一(1883-1955)は「鐘渓窯は突如として陶界の一角に其姿を現はした」と大きな期待をこめて河井を称賛しています。彗星のごとく頭角を現した河井は、以降1925年の個展まで、順調に陶歴を重ねました。

本展でも、若き河井の作品をご覧いただくことができます。

中国・明代の官窯磁器を手本とした《白磁染付鳳凰文壺》(1922年)は、白磁素地に染付でみごとな鳳凰が描きこまれています。本作は、本展でご紹介する山本コレクションのなかでも古参のものです。

また、釉薬の研究に勤しんだ河井は、特に「辰砂」へのこだわりが強かったといいます。《青磁釉辰砂差瓶》(1924年頃)は、形を中国・宋代の青磁にならい、澄んだ青に辰砂の赤が添えられた釉薬の美しさが際立つ作品です。

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辰砂は好条件下のみでしか鮮烈な赤色を輝かせることのない釉薬です。河井はこの難しい釉薬の研究を重ね、晩年に至るまで好んで使いました。

河井の貴重な初期作品をぜひ、本展にてご覧ください。

M

ブログで大山崎山荘ツアー⑤ 本館の中へ(悠々居)

2020月8月19日
  • 建築

春から不定期でアップしている「ブログで大山崎山荘ツアー」。

第5回目の今日は、いよいよ美術館の本館の中をご紹介します。早速、扉を開けて中に入ってみましょう!

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現在、受付エントランスとして使われているのは、前回のブログでご紹介した第一期の工事で建てられた平屋の部分です。1917年(大正7年)に完成した平屋の建物は「悠々居(ゆうゆうきょ)」と呼ばれていました。大山崎山荘の中でも一番歴史のある部分です。

イギリスの炭坑夫の住宅をモデルにして作られたといわれています。

本館ショップ.jpg天井は小屋組みの梁がむき出しになっています。

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玄関ホールには作り付けのソファーと暖炉があり、このコーナーの入り口には、大きな松の木の梁が使われています。

天井の直線的な梁とは違い、ゆったりとしたカーブを描いた梁は、日本の古い民家を思わせるような、和のテイストも感じられます。

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青いつややかなタイル張りの暖炉は往時、実際に使われていました。
獅子のようなレリーフが彫られています。よく見ると、左右の角にも...!
低めに作られたソファーは現在もお座りいただけます。

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ミュージアムショップを横目に進むと、1922年(大正11年)からの第2期に増築された部分に入ります。
右手には、石造りの廊下があります。

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廊下に入ってすぐのこの横のドアは、1996年(平成8年)に美術館としてオープンする際に建てられた「地中の宝石箱(地中館)」へとつながります。
モネの【睡蓮】をはじめとした、西洋美術コレクションが展示されています。

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今日は、赤い星の部分をご紹介しました。

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次回は石造りの廊下の先にある、現在の「展示室2」をご紹介したいと思います。

お楽しみに!




*大山崎山荘の昔の写真など、詳しくは「アサヒビール大山崎山荘美術館 ガイドブック」に掲載されています。ミュージアムショップで販売しておりますので、ご来館の際にご覧いただければ幸いです。




IK