加賀正太郎氏

建設中の山荘

大山崎山荘美術館の歴史 その1

欧州遊学後帰国した加賀正太郎が別荘を建てようと、1911年6月に木津、宇治、桂の三川が合流する天王山麓に土地を購入したのが、山荘の始まりです。

加賀自らが設計し、1917年までには木造の洋館を完成させました。山荘建設にあたり、「白雲楼」と呼ばれた塔屋をまず山側に建てています。この塔の上から加賀が工事を指揮したといわれております。塔は現在も美術館の山側の敷地に残っています。

山荘を設計するにあたり、庭も山荘の大切な要素と加賀は考え、「悠々居」と呼んでいた山荘本館の下には、3つの池「琵琶の池」「一の池」「二の池」を配し、庭と山麓にとけ込んでいました。

山荘の工事中に、文豪夏目漱石も山荘を訪れました。隣接する宝積寺(通称宝寺)を眺めながら「宝寺の隣に住んで桜哉」の句を残しております。

写真提供:加賀之


遠くに見えるのが白雲楼

窓の向こうに見えるのが宝積寺の三重塔
戻る  
次へ
INDEXへ建物1建物2歴史1歴史2歴史3